title:始まり。

 

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気がつけば九月。

 

本日は久しぶりの青空ですが、

すずむしの鳴く声すら聞こえてきそうな最近の肌寒さは、

衣替えを煽られているよう。

 

このひんやりとした空気を肌で感じると、

夏の終わりを告げられているようで寂しくもあります。

そうして毎年この頃に、

その夏の思い出をゆっくりと振り返るのです。

 

だんだん昨年、一昨年、、と過去の夏も気になりだして、

アルバムの写真を見返しては色々と思うものがあります。

 

昔思い描いていた「大人」と今の自分は、

同じだったり違っていたり。

 

だけれど夏が大好きなこの気持ちは、

昔も今も何も変わりませんでした。

 

夏のお天気の日はとっても嬉しいし、

海やプールが楽しいし、

大人数でのバーベキューが好きです。

 

だけれど今年の夏とはそろそろお別れ。

続く季節は、秋。

 

DESCENDANTでも明日から2015 2ND COLLECTIONの立ち上がりを迎えます。

 

既にカタログをご覧頂いた方もいらっしゃるかと思います。

 

日常のハイライトに着飾るための服ではなく、

むしろ何でもない日々の暮らしの中で着る服。

 

西山家のワードローブ、第二章の始まりです。

 

当日、皆様とお会いできるのを楽しみにしております。

是非足をお運びくださいませ。

NAT

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2015. 8. 29

小雨舞う中目黒。

 

日本の味として定着する味噌汁。

僕もほぼ毎日、口にしてはホッと一息、

理由のない安堵を覚えます。

 

ただし味噌の大半が原料の内、

水しか自給できていない事実はあまり知られていません。

 

何なら多くの人にとって興味が湧かない事実といっても

過言ではないのかもしれません。

 

現在はその水さえも我々の飲料分は多くを輸入に頼っています。

 

米が主食から成り下がり

(歴史を辿ると元凶は現農林水産省ではないでしょうか…)、

大方を輸入に頼る小麦を原料としたパンやパスタを貪り食う日本人。

 

なにも輸入品を飲むな食うなと言っている訳ではありません。

 

むしろそんなことをしては日本国民の約60% (7千万人以上) が

飢餓に苦しみます。

(外国産の飼料を食べた牛や豚を国産と謳うこの国は、

もはや食料自給率の数字すら疑わずにはいられません。)

 

ただ例えばアメリカ人の農家が風邪をひいて寝込んだら

日本人は餓死する可能性があるということは、

興味云々では済まされない

紛れも無い事実だという話しです。

 

DAI

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2015. 8. 27

 

利害が絡む時、矛盾が横行することは少なくありません。

 

経済成長、そして利益至上の考えを貫く上で

本来、我々に認められているはずの自由や健康といった権利が

二の次とされている事実に目を背けていていいのでしょうか。

 

取り巻く規模が大きければ大きいほど、

負のサイクルは根深く息づいているように思います。

 

増加の止まない社会という単位の中で

本質的な幸福が果たして大衆に存在するのか否か、

ひとりひとりの判断力が問われている時であると感じます。

 

DAI

title:旅行にて。

 

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私がずっとずっと行きたかった場所、

石川県の金沢市。

ついに先日行くことができました。

 

日常から少し離れ、

ゆったりとした時間にとてもリフレッシュすることができました。

 

おいしいものを食べ歩き、

美術館や博物館を巡り、

自然やのどかな街並みを見ながらのお散歩。

 

そのどれもこれもが本当に素晴らしかったのですが、

最も私の心に残ったのは、何よりも街の方々の人柄でした。

 

お店の店員さんも、

たまたま隣の席に座っていたおじさまも、

公園ですれ違うお母さん達も、

とにかくみんなが笑顔で話しかけてくれたのです。

 

そのことが本当に嬉しくて、

とても幸せな気持ちで旅行をすることが出来ました。

 

忙しないこの都会での生活は、

大切なことを忘れがちになってしまいますが、

この旅行で気づかされたような気がします。

 

心にゆとりを持ち、笑顔を大切に。

 

お店に来てくださるお客様とお話しする時間は、

私の大好きな時間ですが、

そんな時に、私も皆さんに幸せをお届けできれば幸いです。

 

NAT

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2015. 8. 21

 

知らぬが仏と言いますが

僕自身は無知、というより

知る為の努力を怠ったことで

結果、取り返しのつかない大きな後悔があります。

 

 

知らない環境での平安は一過性で

元凶はその過程も足をすくう時を今かと

伺っていることでしょう。

 

たとえ時代錯誤でも

また誇張されたもの、もしくはその反対でも

無論、その一つの知識を過信することは

浅はかの何ものでもないのですが、

僕は僕自身が知を得ることこそ

我が身を守る唯一の盾だと思います。

 

DAI